東京地方裁判所 昭和29年(レ)81号 判決 1955年4月08日
控訴人 我妻了
被控訴人 山本亀次郎
主文
本件控訴はこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人が東京都豊島区池袋五丁目二百六十七番地(通常二百七十五番地と称呼している)所在宅地二百五十五坪の内十五坪(図面<省略>一、のうち斜線の部分以下本件宅地と称する)につき訴外豊島信用組合を貸主、控訴人を借主とし、普通建物所有を目的とする期間昭和十五年二月十九日以降昭和三十五年二月十九日、賃料一坪当り二十五銭の賃借権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し右地上に存する木造紙葺差架部分及び木造紙葺廂(図面二、のABの部分に相当)を収去して右土地の明渡をなせ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに建物収去土地明渡部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴はこれを棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人において控訴人が罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法と略称する)施行前訴外折原啓一に対して本件土地に対する借地権譲渡の申出をなした事実が認められないとしても、控訴人は既に昭和二十年四月二十五日右折原から右借地権の譲渡をうけ該借地の占有の移転をうけ、処理法施行後においてもこれを占有していたのであるから、処理法施行後における占有の事実によつて控訴人から折原に対し暗黙に本件借地権譲渡の申出をなしたものというべく、従つて、右申出によつて控訴人は他の者に優先して右借地権の譲渡を受けたものということができる。とのべたほか、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
理由
本件宅地は訴外石川兼吉の所有であつたが、昭和二十三年九月十六日訴外豊島信用組合がこれを譲り受け、同日所有権取得登記を経由しこれを所有していることは当事者間に争がなく、訴外折原啓一が昭和十五年二月十九日右石川から本件宅地を含む百七坪を堅固でない建物所有の目的を以て期間同日以降昭和三十五年二月十九日まで、賃料一ケ月金二十四円六十一銭毎月末支払の約で賃借し、同地上に木造瓦葺二階建建坪十二坪の建物を建築所有の上、これを控訴人に賃貸し居住せしめていたことは成立に争ない甲第一号証及び原審証人折原啓一の証言によつてこれを認めるに足り、右建物が昭和二十年四月十三日今次戦災で滅失したことは当事者間に争がない。そして控訴人が同月二十五日右折原から本件宅地十五坪に対する借地権の譲渡をうけた(但し、賃料は一坪当り二十五銭)ことは、原審証人折原啓一の証言によつて成立を認めるべき甲第二号証及び右折原証人の証言によつてこれを認めることができる。これに対して、成立に争ない乙第一号証、原審証人折原啓一、同山本千枝子の各証言によると、被控訴人が昭和二十一年三月中訴外石川から本件宅地を含む六十六坪二合五勺を堅固でない建物所有の目的をもつて賃料一ケ月一坪金四十四銭毎月末日に支払の約で期間の定めなく賃借し、内十四坪を昭和二十二年七月中に訴外折原啓一に転貸したが、なお本件宅地を含む五十二坪二合五勺を現に賃借していることを認めることができる。
右控訴人の本件土地に対する借地権が被控訴人に対抗できるかどうかについて審按する。この点に関し、控訴人は、先ず、(一)訴外折原啓一の本件宅地に対する借地権は、戦時罹災土地物件令(以下物件令と称する)第三条の「戦災土地に付存する借地権」であるから、同令第六条によりその登記及び本件宅地の上に存する建物の登記がなくてもこれを以て建物の滅失した時以後本件宅地に付訴外石川兼吉から借地権を取得した被控訴人に対抗することができる旨主張するのである。
さて、物件令第六条の規定によれば、同令第三条の規定の適用を受ける借地権(罹災都市に付存する借地権)は、「その登記及当該土地の上に存する建物の登記なきも之を以て建物の滅失した時以後当該土地に付権利を取得した第三者に対抗することを得」ると規定しているけれども、戦災により借地上の建物が滅失した後物件令施行前借地権が譲渡された場合には、該借地権は民法所定の賃貸人の承諾を受けたものでなければ、賃貸人又はその承継人にこれを対抗することができないものと解するを相当とする。蓋し、物件令には、賃借権譲渡を賃貸人に対抗する為に必要な賃貸人の承諾について定める民法第六百十二条の規定の適用を排除し、賃貸人不知の間に借地権を譲受けた者までをも保護しようとする趣旨がみえないからである。この間の事情は、この場合に、処理法第四条のような特別の規定が存しないことによつても十分にこれを窺うことができる。本件において、控訴人は、本件借地権の譲受について賃貸人石川兼吉の承諾をうけたことについて何らの主張も立証もしないから、前記控訴人の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。
次に、控訴人は、(二)右借地権譲受に当つて控訴人が訴外折原に対してなした借地権譲渡の申込は、処理法施行の昭和二十一年九月十五日前になされたものではあるが、同法第三条所定の申出と同一趣旨の申出であるから、同法の施行により、控訴人と訴外折原啓一との間の借地権の譲渡について賃貸人たる訴外石川の承諾があつたものとみなされたものといわねばならない旨主張するのである。処理法第三条第一項によると、罹災建物滅失当時におけるその建物の借主は、同法第二条第一項の期間内、すなわち、「この法律施行の日から二ケ年以内に」限つて罹災建物の敷地の借地権者に対してその者の有する借地権譲受の申出をすることによつて借地権の譲渡をうけることができるのであるが、元来処理法は、今次戦災に際し罹災家屋賃借人保護の為土地使用者及び借地権者の利害を調整しながら、特に借地権譲受申出権を認めたのであるから、これと同一趣旨の申出であるとしても、特段の規定がない限り、同法施行前の申出に対してまで遡及してこれに同様の効果を認めることはできないものといわねばならない。この点に関する控訴人の主張も採用し難い。
なお、控訴人は、(三)仮に処理法施行前に明示の賃借申出をしなかつたとしても、控訴人は、昭和二十年四月二十五日訴外折原から本件借地権の譲渡をうけ、本件宅地の引渡をうけてこれを占有していたものであるから、処理法施行後右土地の占有を継続していたことによつて暗黙に借地権者である訴外折原に対し、処理法第三条の趣旨に副う借地権譲渡の申出があつたものと認めなければならない、旨主張するのである。控訴人が、昭和二十年四月二十五日本件宅地に対する借地権を訴外折原から譲受けたこと前認定のとおりであるけれども、さきに認定したとおり、被控訴人は、処理法施行に先だつ昭和二十一年三月訴外石川兼吉から本件宅地を含む六十六坪二合五勺を賃借したのであるから、特別の事情のない限り、その時以後本件土地は被控訴人が占有したものというべく、控訴人は、処理法施行当時本件宅地を占有していたものとは認めることができないのである。従つて、この点に関する控訴人の主張は、控訴人主張のような占有が法律上借地権譲受の申出と解すべきものであるか否の判断をするまでもなく採用し難い。
以上説示のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく失当であつて、これと同旨に出た原判決は正当であるから、控訴人の本件控訴はこれを棄却すべく、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川善吉 花渕精一 加藤一芳)